親鸞聖人国府配流中に木曽義仲の遺臣堀光政が聖人に帰依した。 建暦元年(1211)最信の名を賜り一宇を興し覚円坊と称した。 戦国期に、長尾氏の一向宗弾圧により能登(石川県)に移転したが、 その後、越後に戻り寺号を光源寺と改称した。    享保十七年(1732)東本願寺真如上人の時代に本山の抱地となり、 高田別院支院として「国府影堂」あるいは「国府御坊」と呼ばれる。 その後、支院と光源寺とを併せて一寺になった。
本堂の内陣は影堂と本堂を併設した構造で、全国的にも珍しい。 影堂の中央に安置されている御影は、聖人が流罪勅免の際に自ら 写された「流罪勅免御満悦御影」で、左手が上に上がっているため 「左上御影」ともいわれ、全国でも数点しか見られないものである。 また、越後教化時のお姿「旅立ちの木像」、親鸞と妻恵信尼の 「連座御影」、「越後国流人藤井善信」と書かれた「流人標札」や 「越後七不思議の標本」など聖人ゆかりの物が多く展示保管されている。
真宗大谷派 光源寺 住所:新潟県上越市国府1-4-1 お問い合わせ:☎025-543-4263 交通アクセス:車利用/北陸道上越I.C.より国道8号線を糸魚川方向へ国府交差点右折2分。 電車利用/JR信越線・えちごトキめき鉄道直江津駅より2km、駅よりタクシー7分 バス利用/直江津駅より五智3丁目下車徒歩2分