真宗大谷派 敬覺寺    住所:新潟県新潟市江南区酒屋町599 お問い合わせ:☎025-280-2296 交通アクセス:車利用/県道1号線       (新潟-小須戸-三条)        バス利用/鳥屋野線・亀田、酒屋線 ウエブサイト: http://www.kyokakuji.jp/
 親鸞聖人は、五年に及ぶ越後流罪が赦免され、この越北の地に教化の折、五十嵐浜から平島に上陸され、さらに信濃川対岸の 鳥屋野から近郷の村々を御布教しておられた途中のことであった。御布教を終えられた聖人が、いつもの通り、平島村の渡し守、 鈴木新十郎の舟に乗って、信濃川を対岸の鳥屋野の里へお渡りなさろうされた時、にわかに天候が悪化し、北風が激しく吹いて 嵐になり、舟は木の葉のように揺れて進まず、船頭の力も尽きようとしていた。  新十郎は、強風からの舟の激しい揺れと流れにまかせていたところ、聖人が、懐中より紙を取り出され「南無阿弥陀仏」の六字 御名号をお書きなり、新十郎に与えられた。新十郎は、早速、この六字の御名号を舟の舳先にくくり付けたところ、不思議に嵐は 収まり、波が静かになり、無事に対岸の鳥屋野の里にお着きになることができた。  聖人は、この六字御名号を、敬覺寺開基となる八木次郎左衛門と鈴木新十郎にお与えになり、鈴木家はこの地に御名号堂を 建立した。    八木次郎左衛門は、釋法西の法名を受け、お弟子となる。永禄九年(1566)第十一世釋覺法の時に、現在地に移転した。 承久年間、順徳天皇のお渡りの時、「間遠なり」と言われ、以来平島と鳥屋野の間は、「間遠の渡」という。また元禄のはじめ 俳人松尾芭蕉が立ち寄り、「舟の中眠る間遠の渡しかな」と詠んだと伝えられる。