山田院焼鮒山誓慶寺とは親鸞聖人越後七不思議の一つであり、 焼鮒の旧跡で、その縁起によると「建暦元年(1212)宗祖親鸞聖人 流罪赦免、関東へ御出向の砌り栗林宅にて別離の宴を催し酒肴献し 奉る。信男信女の輩を自ら作りし酒を献し焼いたる鮒を御肴に奉る 其の酒一品にうつし召し上がり焼いた鮒を山王権現の池にはなち 「弘通の教行凡夫速に安養の国に至らん疑うことなし」 面影を 榎の木にうつす 法として 西へかたむく 形見ともすれ
真宗大谷派 誓慶寺    住所:新潟県新潟市江南区平賀210 お問い合わせ:☎025-280-2254
 延仇二年(1070)九月護摩堂山(南蒲原郡田上)の城主栗林権濃守並びに 息子武佐司守無常を感じ城を羽生田周防守にゆづり出家して真言宗に帰依し、 信濃川を下り山田の里(新潟市西区山田)に住し光明寺という。承元三年(1209)武佐司守の嫡男栗林内記並びに息子藤四郎、宗祖親鸞聖人 の御教化を蒙り浄土真宗に帰依し慶誓・慶聞と法名を戴き十字名号を賜る。
 その後久しく池の鮒に串と焼跡あり、やがて榎にその姿をうつす、とある。徳治元年(1306)五代教恵同行の願いにより 平賀の里に移住して御旧跡を守護する。   文明三年(1471)蓮如上人より六字名号を賜り、寺号を誓慶寺と改めたと伝えられている。