親鸞聖人御上陸の地より柿崎までを功徳浜と称した。 その途中、渋柿の海では遭難が多く、海で亡くなった方たちが浜に漂着した。  里の人々は小さな庵を設け無縁仏として供養していた。その庵を国府にいた 親鸞聖人が訪れ、遺体を供養して念仏の救いを説いた。国府から来た僧侶が 教えを説いたことを縁として、この庵は「国府庵」と名付けられた。    寺の言い伝えでは、親鸞聖人は国府があった今池の地と国府庵を、荒川 (関川の稲田橋より下流をこう呼んだ)の舟便を使って往復していたという。 親鸞聖人が関東へ旅立つ折、「国府庵」を京から越後まで同行した西仏房 に託した。別れを惜しんだ西仏房が親鸞聖人の旅立ちの姿を描いた御影が 今も伝わっている。この御影には親鸞聖人が自ら下記のように書き添えたと 言われる。            我なくも みのりはつきじ 功徳浜      弥陀と衆生の あらむかぎりは  専念寺には慶長7(1602)年に准如上人より受けた顕如上人の絵像が 伝わっているが、その裏書きには専念寺を「康楽寺門徒」としている。 康楽寺は長野市に現存する浄土真宗本願寺派の寺で、西仏房を開基としている。 また康楽寺も専念寺と同じく白鳥山を山号とすることなど、伝承との関連が興味深い。
浄土真宗本願寺派 専念寺    住所:新潟県上越市大潟区渋柿浜272 お問い合わせ:☎025-534-4637 交通アクセス:車利用/北陸道大潟スマートI.C.より15分        電車利用/JR信越線犀潟駅より徒歩20分        バス利用/柿崎線(直江津~鵜の浜)、        渋柿東バス停より2分